明和海運株式会社

60th anniversary

海上職

明和フリートオーナー

砂田 康男

宝伸丸 船長
東明汽船有限会社

Interview 1

子供のころ将来思い描いていた自分

私の田舎は、岩手県陸前高田市の小さい町で、東北大震災で町の姿や人々の生活は大きく変わってしまいましたが、昔は漁船に乗っていたり、養殖をしている人が多い所でした。父親も漁船の船長をしていたので、小さい頃からその働く姿を見て育った私は、大きくなったら漁船に乗るものだと思っていましたし、自分も船長になろうと夢見ていました。

実際、学校を卒業すると巻網船、その後は遠洋マグロ船に乗船しました。25歳で結婚したのを機に、遠洋船を辞めて再び巻網船に乗りましたが、次第に魚が捕れなくなってきたので、内航船に移りました。ガット船を経て白船に乗り経験を積み、41歳になる前に転職し、それ以降ケミカル船に乗っています。

45歳で船長になりました。安全意識が高まり、大きな責任を感じています。東北大震災から1年して、47歳の時に転職し、東明汽船に入社し明和船団の仲間入りをしました。

Interview 2

仕事への思い・やりがい等について教えてください

荷役前は必ずミーティングをして、事故のないように仕事をすることに努めています。その時は大丈夫と言っていても、いざ仕事が始まると各自の思い込みが入ってしまい、思ったように仕事が進まず、理想とする荷役ができないこともあります。その都度、気づいた時に注意して、絶対に怪我や事故を起こさない様に注意を払い、安全運航を死守することが私の使命です。

また、船内では「和」を大事にしています。冗談を言ったり、笑わせたり、普段から話かけて積極的にコミュニケーションをとるようにしています。長い時間、生活を共にする仲間ですから、船内が和めるような場となるよう気を遣っています。

何より安全第一。今、船内の雰囲気は良く、まとまっていると思います。

Interview 3

プライベートはどんなことをして過ごしていますか?

乗船中は、仕事優先で荷役やメンテナンス、それに操船で疲れますが、家に帰って家族と過ごす時間を楽しみにしています。

休みの日は、妻と一緒に車で内陸に住む息子と娘のところに遊びに行き、家族で一緒にいることが多いです。

車で1時間半程度の場所なので、妻は私がいなくても車でよく行っています。

息子は内陸で一人暮らしをしていましたが、震災後、一戸建てに娘と一緒に二人で住むようになりました。妻は、陸前高田の仮設住宅に住んでいるので、気晴らしにもなっているようです。

子供が小さい時から、よく一緒に食事に行ったりする、仲の良い家族です。今は子供も大きくなったので自分の時間をゆっくり楽しんでいます。娘とは、たまにお酒を飲みに行きますし、よく話をしてくれます。息子とはそういった時間をなかなか取れていいませんが、震災の時は本当に頼りになりました。二人ともよく育ってくれました。

私たち、そして周りの人たちも、震災で大変な思いをしました。この世とは思いえない光景をみました。それを乗り越えて今があります。私たち家族の絆も深まりました。ただ、壊れた家を建て直すため、地域の復興のため、まだまだやらなければならないことは沢山あります。

立ち止まっていては駄目なのです。そんな時、自分にできることはやはり船に乗ることだと思ったのです。今はこの仕事を天職だと誇りにしています。

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