明和徒然日記
第29回 例えて言うなら地雷原
「安全とは、危険がない状態を示す」
これは安全の定義である。
では「危険がない状態」とは?
改めて考えてみると実は世の中は危険な状態だらけではないか。
何気なく繰り返している日常の行動。
例えば電車に乗る、車を運転する、横断歩道を渡る。
家で缶ビールを飲む、カップラーメンを食べる、風呂に入る。
何も起こらないということは実は稀有なことなのかもしれない。
ラッシュ時のホームから人波に押されて線路に転落する、運転中に飛び出して来た猫を避けて電柱に衝突する、横断歩道で前方不注意の車に跳ねられる。
缶のプルタブで指を切る、熱湯をこぼして火傷する、浴室で滑って骨折する。
容易に思いつくだけでも危険はいくつも潜んでいる。
まして最近では、道路がとつぜん陥没して車が落下したり、住宅街で熊に襲われたり、竜巻で屋根が飛ばされたりなど以前の日本では想像すらできなかったような出来事が実際に起こっていて連日ニュースを賑わせている。
そうなのだ、当たり前のように安全に過ごしている日常は実は当たり前などではなく、例えて言うなら地雷原の中を無防備に歩いていて、たまたま地雷を踏んでいないだけなのかもしれない。
自分自身でも改めて考えさせられる出来事があった。
数年前、ある石油化学工場の桟橋で燃料に使う液体化学品をケミカルタンカーに搭載する荷役の立ち合いをした事がある。
2025年9月、まさにその桟橋から至近距離の海底で不発弾が発見されたというニュースが飛び込んできた。
自分は何も知らずに朝早くから夕方までずっと不発弾の眠る海底のすぐ近くにいたのだ。
万全の安全体制を敷くために様々な調査や検討を行った上でようやく約半年後の2026年3月にその不発弾は自衛隊によって爆破処理された。
爆破の威力を軽減させるバブルカーテンという安全措置を施された上での爆破だったというが、それでもニュース映像を見る限り爆破の瞬間は危険物荷役を行う桟橋のすぐ近くで巨大な水柱が立つという今まで見たこともないような驚くべき光景だった。
安全措置が施されていなければ一体どれほどの威力だったのだろう。
今こうやって無事でいられるのもたまたま地雷を踏まなかっただけという事だったのだろうか?
筆者 佐藤兼好

地雷原の中の日常(AI生成によるイメージ)















