明和徒然日記
第13回 とりかじいっぱーい!
新しい年が明けた。今年は令和7年、巳年である。
「ところで巳って何だったっけ?」
と、私のような凡人には普段は直ぐに思い出せないのが十二支。
なにせ年賀状くらいでしか目にする機会がない。
ところが海運用語には十二支由来の言葉があるのだ。
「とりかじいっぱーい!」「おもかじいっぱーい!」と明和海運の船員が一人ワッチ(操船)の操舵室で映画のワンシーンのように叫びながら舵を切っているかどうかは定かでないが、「とりかじ」は左方向、「おもかじ」は右方向に舵を切ることだ。
昔の羅針盤は十二支に基づいて作られており、酉(とり)が左側にあるため、左に舵を切る「酉舵(とりかじ)」が「取り舵」になり、卯(う)が右側にあるため右に舵を切る「卯の舵(うのかじ)」が訛っていつしか「面舵(おもかじ)」になったという。
遥か昔に中国から渡来した十二支が訛って日本の海運用語として定着したのだが、訛って出来たという点では右舷を表す英語のSTARBOARDも元々のSTEER BOARD(舵のある側の舷)という言葉が訛って出来た言葉であり、洋の東西を問わず訛って出来た海運用語がそのまま使われているところが共通していてなかなか興味深い。
また、「チョッサー」なる何語かよく分からない役職名もある。
一等航海士を指すCHIEF OFFICER(チーフオフィサー)が訛っていつしか「チョッサー」になったらしく、これは英語由来。
しかし同じ役職でも当社では船長は「船長」、機関長は「機関長」と普通に日本語で呼ばれているから不思議である。
日本語といえば、これも映画などで船乗りが叫んでいる「ヨーソロー!」は日本語の古い言い方の「宜しく候ふ」から派生した言葉で「よろしい進路そのまま」や「了解」という意味なのだが何となく外国語のような響きを感じる言葉である。
一般の人にはなじみのない言い方は他にもあって、錨を下す時には「アンカー(錨)レッコー!」などと言っている。
「れっこう? 裂肛(痛そう)? 烈公(徳川斉昭)?」
初めてその言葉を聞いた瞬間は、ついお尻の病気や大河ドラマで見た水戸の殿様などを連想してしまったが何のことはない英語の“ Let Go”が訛って「レッコー」になったのだという。
「元の意味なんかどうでもいいよ。昔からそう言っているんだから、俺たちにとっちゃあこれが当たり前なんだよ」と船乗りたちは言うだろう。
かくして和洋中入り混じった独特の海運用語を駆使して互いのコミュニケーションをとりながら今日も彼らは東へ西へ船を走らせているのである。
筆者 佐藤兼好
船橋コンソール(手前が舵)