船乗り達のみちしるべ

Vol.9 向島(むかいしま)

今回は向島をご紹介いたします。
向島と書いて「むかいしま」と読みます。つい「むかいじま」と読んでしまいがちですが、厳密には「しま」は濁りません。
また、同じ表記であっても東京都墨田区の向島(むこうじま)とは読み方が異なります。

向島は広島県尾道市に属する面積約22平方キロ、人口約2万5千人の島で、幅が僅か200~300メートルしかない、一見するとまるで川のように見える尾道水道を挟んで本土側の尾道市街と向き合っています。
かつて、この島は七つの小さな島だったのですが、中世から明治時代にかけて塩田開発のため干拓埋め立てをしたために、一つの大きな島になっていきました。
明治時代初頭までは島の中央部にまで潮が入り込み小舟で往来していたという記録があります。

向島は一応、島なのですが、本土側とは尾道大橋および新尾道大橋の2本の橋で結ばれているため車での往来も不自由なくできます。
また島の北部は現在では住宅街になっており、本土側に通勤通学する人が多く住んでいます。自動車以外の場合は上記の橋を通るには遠回りになってしまうため、徒歩や自転車で往来する人のために、尾道水道には渡船が3航路もあり市民の足として頻繁に往復しています。
また、尾道水道を渡船が行き交う様子はとても絵になる印象的な光景であり、尾道を舞台にした映画やドラマではよく登場していますので、スクリーンやテレビ画面でご覧になったことのある方も多いかと思います。

向島の最高地点である標高285メートルの高見山山頂は桜の名所で、隣の因島をはじめ、晴れた日には遠く四国まで見渡すことが出来る展望広場が整備されています。しかし、美しい風景とはうらはらに、この場所はかつて村上水軍の見張り場として使われていたという歴史があるのです。
現在ではこのような平和で長閑な島々ですが、戦国時代には戦(いくさ)や殺戮が繰り広げられていたとは、にわかには信じがたい気持ちになります。

また、向島は広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ全長約70キロの美しい「瀬戸内しまなみ海道」の本州側最初の島でもあります。
尾道駅前の渡船乗り場がしまなみ海道サイクリングロードの起点になっており、サイクリストにとっては、向島が事実上のしまなみ海道の最初の地点と言えるでしょう。
最近では自転車でしまなみ海道をツーリングする人も増えているので、この島を訪れて島の魅力を堪能する人の数もこれからますます増えていくことでしょう。

尾道市の主要産業の一つは造船業です。造船所や修理ドックは尾道の本土側は勿論ですが、この向島や隣の因島にも多数の造船所があります。当社の運航するケミカルタンカーの多くはこの向島にある造船所で建造されたり、修理ドックに定期修理のために入渠(注)したりしています。

ケミカルタンカーは法令で5年に一度の定期検査および2年半に1度の中間検査が義務付けられており、定期検査の場合は1週間程度、中間検査の場合は5日間程度入渠して点検整備を行った上で国土交通省の検査を受検します。 更に、当社では中間検査と定期検査の間にも法令で義務付けられていなくても合入渠(あいにゅうきょ)といって3~4日入渠して簡易な点検整備を実施しています。
つまり当社のオペレーションするケミカルタンカーの多くは、ほぼ毎年向島でドックに入渠して点検整備を受けていることになります。

一番大掛かりな定期検査時には、エンジンのオーバーホールをはじめとして、大型部品の交換などの本格的な重整備を行う、いわば船の大手術を行います。また、上記のような定期的な入渠時以外でも、船体に不具合が発生した場合には、臨時にドックに入渠して点検や修理を行うことがあります。

日々、忙しく全国を走り回っている内航ケミカルタンカーにとって、向島は定期検診やちょっとした怪我の手当から、本格的な大手術に至るまで、さまざまな状態に応じた適切な治療を受けて、その後、再び元気を取り戻して全国の海に戻っていくという、まるで船の総合病院のような島なのです。

(注)入渠 : 船がドックに入る事

向島ドックにて整備中の第25徳栄丸 画像右側の対岸は尾道市街
尾道駅前の渡船乗り場にある「しまなみ海道サイクリングロード起点」の標識
尾道水道 左側が向島(画像提供 一般財団法人 尾道観光協会)
渡船。後ろに見えるのは向島大橋と新向島大橋(画像提供 一般財団法人 尾道観光協会)