船乗り達のみちしるべ

Vol.25 神戸(こうべ)

日本有数の港町、神戸。
古くは奈良時代以前から大輪田泊(おおわだのとまり)として港の機能があり遣唐使船も寄港していたという記録があります。
その後、平清盛が大陸との交易のためにこの地に福原湊(ふくはらみなと)を整備して、僅か半年間という短い期間ではありますが天皇が都から福原にお移りになった時期もありました。
江戸時代末期には開港五都市の一つとしていち早く海外へ開かれた港であり戦後は函館、長崎と並ぶ日本三大夜景の町として有名になりました。中でも神戸の夜景は100万ドルの夜景と称されて、現在に至るまで多くの観光客を魅了しています。
また神戸は夜景だけではなくメリケン波止場やポートタワー、北野異人館街や中華街の南京町などの観光名所が数多くあり、エキゾチックという言葉がよく似合う異国情緒に溢れるおしゃれな港町です。

北野町風見鶏の館
北野町風見鶏の館
中華街(南京町)
中華街(南京町)

神戸の街は1995年に発生した阪神淡路大震災で甚大な被害を受けましたが多くの人たちのたゆまぬ努力によって今ではそんな大災害があった事を感じさせないほどの復興を遂げています。ただメリケンパークの片隅に当時のままの姿で保存されている震災遺構だけが神戸を襲った震災の凄まじさを今に伝えています。

神戸港震災メモリアルパーク
神戸港震災メモリアルパーク

その神戸でも明和海運のケミカルタンカーはケミカル製品の輸送に従事しています。六甲アイランドの対岸の本州側のタンクターミナルへ入出港しているのですが、実はその他にも一般にはあまり知られていませんが頻繁に行っている輸送があります。
六甲アイランドの沖の錨地では大型の外航ケミカル船に内航ケミカル船が横付けして、内航船の船員がロープラダー(綱はしご)を使ってビルの何階もあるような高さの大型外航船の甲板に乗り移り、船同士をホースで繋いで海上に浮かんだまま液体ケミカル製品のやりとりをする沖荷役という形態による輸出入の作業が行われています。
なぜこのような事をする必要があるのかというと日本の石油化学工場のバースは大型の外航ケミカル船に対応していないものが多く、工場に着桟できない大型船は沖の錨地に停泊したまま工場に着桟可能なサイズの内航船との間で海上での貨物の受け渡しをせざるを得ないからなのです。
もちろん岸壁や桟橋に接岸して荷役を行う方が安全なのですが、それでは多くの日本の石油化学工場やケミカルタンクターミナルからは輸出入ができなくなってしまうので日本では安全監督者の設置、警戒船での周囲の監視など各種の条件を設けた上でこの沖荷役が横浜港と神戸港の指定された錨地のみでの実施が許可されています。
近年は韓国や中国に大型外航船のハブ機能が移っており大型外航ケミカル船が日本に寄港しないケースが増えていますが、それでも当社は輸出輸入合わせて年間90航海ほどこの神戸港沖で沖荷役を実施して、国内の化学メーカーから輸送してきた液体ケミカル貨物を輸出したり、輸入した液体ケミカル貨物を国内化学メーカーに輸送したりしています。

左側の大型外航船に海上で接舷してホースを接続している当社社船の明桜丸
左側の大型外航船に海上で接舷してホースを接続している当社社船の明桜丸
船首方向では警戒船が周囲の警戒をしている
出典:明和タンカーインスタグラム
沖荷役イメージ(輸出の場合。輸入の場合は逆方向への輸送となる)
沖荷役イメージ(輸出の場合。輸入の場合は逆方向への輸送となる)

おしゃれでハイカラなイメージの神戸の街の沖では、海上で船同士を横付けして液体ケミカル貨物の輸出入をするという極めて高度で職人技のような作業をおこなっている熟練の船乗りたちが、人知れず日本の石油化学工業を支えているのです。

摩耶山の中腹から望む神戸港(左端が六甲アイランド。右端がポートアイランド)
摩耶山の中腹から望む神戸港(左端が六甲アイランド。右端がポートアイランド)