明和海運株式会社

60th anniversary

クローズアップ明和

第63回

修繕ドック特集

Vol.63「向島造機株式会社」

今回は、当社の社船が定期検査、中間検査、及び合入渠等でお世話になっている修繕ドック「向島造機」をご紹介します。

1.「向島造機の歴史」

昭和14年に内燃機関及び砲弾を生産する第一興亜重工業株式会社として設立し昭和18年に現在の社名である向島造機株式会社に改称しました。
昭和21年に旧海軍工廠より横ボール盤の払い下げを受け、豆炭機の製造に着手しました。また、昭和30年に造船部は木造船から小型鋼船の建造へ切り替え、陸上部門は産業機械の製造を開始しました。
以降、造船部は特殊船の建造に主力を注ぎ312番船まで建造しました。

平成9年新造船事業を撤退後は修繕船事業に特化しました。産業機械部門は、昭和50年より電炉メーカー向け製品の製造を開始し現在に至ります。

[沿⾰革]

昭和14年 舶用内燃機関の製造を専業とする三鉄工所を合併し、第一興亜重工業株式会社を設立、内燃機関及び砲弾を生産
昭和18年 社名を向島造機株式会社に改称する
昭和19年 椿本チェン製作所より機械及び人員の強力なる支援を受け兵器部⾨門を増強
昭和21年 造船部を新設、木船の建造修理を始めると共に新たに燃料料機械の製造に着手
昭和23年 三菱菱重工業株式会社三原製作所と取引開始、下請協力工場となる
昭和30年 製缶工場を増設、小型鋼船の建造に着手すると共に産業機械の製造を開始
昭和42年 1号ドック完成(499G/T)、修繕部門を強化 (現在 700G/T)
日本鋼管株式会社と協力、世界で初めての溶融カプロラクタム運搬船を建造
運輸省の認可を受け、750G/T船台を完成。繁船用浮桟橋の設置完了
昭和44年 中小企業庁長官より中小企業合理化モデル工場の指定を受ける
昭和47年 1号船台(499G/T)を廃止し、2号乾ドック完成(1,500G/T)、修理部門を強化(現在1,600G/T)
昭和50年 電炉メーカーの受注参入
平成3年 協力会社ハウス2棟新築、環境整備の改善を図る
製缶工場新築、産業機械部門を強化
平成9年 新造船部門の撤退。造船部門は修繕船事業に特化
平成18年 特殊鋼電炉メーカーから冷却床受注
平成25年 大型加工品に対応する為、五面加工機を23年振りに更新する 平成31年創立80周年を迎える
平成31年 創立80周年を迎える

現在は造船部、産業機械部の二本柱で、造船部はケミカル船を主に、各種検査工事・合入渠工事・海難工事・改造工事などニーズに合った修繕を行っています。
また、産業機械部は棒鋼圧延機及び冷却床メーカーとして全国の電炉メーカー向けに設計・製缶・組立・据付、各装置のメンテナンスに至るまでご希望に沿った対応しています。
培ってきた確かな技術をベースに、常に顧客本位に作業し、「製品を売る」のでは無く「技術を販売する」方針で、親切・丁寧・迅速を社是として事業を行っています。
2019年4月で創立80周年を迎えます。記念事業として、同年4月頃に船員寮、監督室、及び社屋の建て替えを予定しています。

「向島造機」ホームページ

2 インタビュー「向島造機について」

(代表取締役 中西 一貴さん)

弊社は1939年(昭和14)年4月に、私の祖父とその兄の二人で立ち上げた会社で、来年(2019年)で創業80周年を迎えます。これもひとえに皆様のご愛顧のお陰と感謝しております。創業当初は内燃機関と砲弾の生産から始め、陸上の生産部門を立ち上げました。1946(昭和21)年1月に造船部を新設し、事業を拡大していき産業機械生産及び造船の2つの事業を両輪として行うようになりました。
船の世界は景気の波が大きく、弊社も時代の荒波の中を乗り越えてきました。
社歴の大きなターニングポイントの一つは1997(平成9)年5月に新造船部門を撤退し、修繕船部門に特化したことです。当時内航船の需要が激減し、業界全体が不安に包まれていました。長年継続してきた主力事業を手放すという事は、当時の経営陣にとっては非常に厳しくも苦しい決断であったと思いますが、ベストなタイミングでの決断で修繕船部門と産業機械部門への『選択と集中』を図れたことで今に至ると考えています。
私は、2011(平成23)年7月に5代目として社長に就任しました。これからの弊社は沢山の木を植えるよりも1本の木の幹を太くし、色んな元気な枝を伸ばしていきます。これは会社を大きくするよりお客様にご満足いただく事が出来、弊社従業員の生活向上に今まで以上に重点を置くという意味です。今までは弊社が新造船を建造したという実績から船舶修繕のご用命もありました。現在では弊社で建造した船舶が僅かになったこともあり、今後は技術の更なる向上とサービスの充実を図りお客様からの信用、信頼をより大きくする事がますます肝要となります。そしてそれを全社が一丸となり実行していきます。
元気な職場を作るという事で、地元にある高校生が卒業したらぜひ向島造機に就職したいと言われるようになりたいですね。

(常務取締役 植野 裕幸さん)

弊社は船舶修繕に特化しておりますので、適正価格で仕事の内容を充実させ修繕品質を維持、向上していくことを心掛けています。その面では現場は非常に丁寧に仕事をし、充分気を入れてやってくれており、今後もトラブルが少なくよい仕事をお客様に提供していきたいと思っています。
最近の傾向は船齢が20年を超える船舶が多くなってきているので修繕オーダーも増加傾向にあります。それに比例して訪船修理も西は大分、東は関東地方まで行く事が多々あります。
今後もこうしたお客様のニーズに対応できる体制を維持、充実させていく事が求められます。その為にも、若い人に入社してきて欲しいです。その若い人が技術を専門的に勉強出来、この向島造機で仕事を続けていきたいと思える会社にしていかなければならない使命があると思っています。

(取締役造船部長 伊藤 政美さん)

弊社の行動指針にある『親切・丁寧・迅速』を基本にお客様に信頼してもらえるような仕事をしていく事を心掛けています。
私は造船大学(現在の長崎総合科学大学)を卒業後、弊社へ入社し新造船部門一筋に約20年間勤務しました。新造船撤退により船舶修繕に特化した時の残念さと不安は今でも忘れられません。ただ、当時は同じ向島にある大手造船会社系列企業と提携していたので、新造船部門に属していた人たちは1人も職を失うことなく転籍する事が出来ました。
この様な厳しい環境の中でも会社が従業員に対して出来得る限りの対応をしてくれたことを感じ、残った従業員の士気も必要以上に落ちずついてきてくれたのだと思います。そして事業転換の大きな波を皆で乗り超えた事で会社の結束は強固になりました。それから一つ一つの仕事を大事にした結果、今の皆様よりのご愛顧に繋がっています。
弊社はケミカルタンカーをメインに建造してきたので、現在までその知識やスキルは受け継がれて、お客様から評価を頂いている部分でもあります。今後も引き続き次世代の人たちに伝えお客様に喜んでいただけるよう更に努力してまいります。

(取締役造船営業部長 中西 俊文さん)

現社長と私は従兄弟の間柄になります。
私の前職は建設業界にいて、一般住宅の建設やリフォームの現場監督をしていました。9年程勤めた頃、父より弊社に来るように言われ多少悩みもしましたが入社して、造船部と産業機械部を経て、再び造船部に配属になり生まれて初めての営業職を経験する事になりました。営業というものの何たるかを充分理解もせず配属になったものですから、迷い乍ら進み勉強をしましたが、現在の自分があるのは皆様からご教示いただいたところが多数を占めているものと感謝しています。
営業というものはお客様のところへ訪問させていただくのが一般的なのですが、造船所ではお客様が足をお運びくださる事が多い特異な業界です。居心地のいい雰囲気を作る事を心掛け、お客様とは永久にお付合いさせていただきたいと考えています。
各船社様、船主様は行きつけの造船所もおありになりますので難しいケースもありますが、時折、お取引のあるお客様よりご紹介いただき、新規にお取引が始まる喜ばしいケースもあります。弊社をご用命頂いているお客様に対しては社を挙げて、常によりよいサービスを提供させていただいきたいと考えております。

3.造船部の皆さん

海務、仕上、電気、鉄工、配管、塗装、木工…船を修理する為に必要な様々な技術・技能を持った方々が集い、長年、修繕実績を積み重ねることにより培われてきた技術とアイデア、ノウハウを駆使し、船の乗り手の要望や顧客ニーズに合わせた船舶修繕を追及するプロ集団です。
当社社船も定期検査、中間検査、合入渠工事等の際には、常に信頼のおける充実した点検修理を施工して頂き大変感謝しております。